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さつま王子 第2話:「王子の野心」その2 23:00
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 いぶし鉄鋼(有)は、逃げるさながら、運良く、妻・鈴をその最中に見つけた。運良くと言っても、無論、鉄鋼(有)は、見当をつけていた場所をめぐっていたのだから、運良くと言うのは言いすぎかもしれない。しかし、銀次郎を肩で担ぎ、なおかつ、追っているのが佐吉である事を考えれば、見事、見当をつけた場所にまでたどり着けた事自体は、運良くというよりほか無いだろう。


 鉄鋼(有)の見当のつけた先、村の洗濯場で、鈴は洗濯をしている最中であった。そこで、鈴は響鬼虎之介が妻・お千代と仲良く談笑している最中でもあった。そんなほがらかな午後の一時に、鉄鋼(有)が銀次郎を肩に抱え、鬼の形相でこっちに走ってくるのだから、鈴は心底ぎょっとする。しかも、鉄鋼(有)は、鈴を見るや否や、大声で叫ぶのだから、なおのこと鈴は驚いた。


「すずー!すまんー!追っ手だー!逃げっぞー!!」


 この時、鉄鋼(有)の肩に担がれていた銀次郎は、叫ぶ勢いで、自らを抱える鉄鋼(有)の右腕のバランスがわずかに崩れたのを見逃さなかった。ずっと肩の上で降りる機会を伺っていた銀次郎は、この隙に、その肩からするりと飛び降り、その勢いで地面に手を突き衝撃を逃すように一回転しながら受け身を取って、ものの見事に鈴の目の前へとくるりと立ち上がった。瞬間、銀次郎は鈴の手を引き、鈴の顔を見て、わめきだす。


「母ちゃん!ごめん!追っ手だ!俺がやっちゃった!」


 これに動揺を覚える鈴であったが、母は強しと言うべきか。息子の一言ののち、すぐさま冷静さを取り戻し、事の子細にすぐさま見当をつけて、脇できょとんと事態を見守っていたお千代の方をさっと見た。

 お千代もまた察しのよい女で、それを見て、すぐに事の子細を想起し、すぐさま、自分の家の納屋が空いている事に頭を巡らす。そして、お千代は、あわてて、鈴の方へ向き、言葉を出すのも時間のムダだといった素振りで瞬時にコクンと頷いた。

 鈴はそれにより、見当をつけていたその当てをお千代が了承してくれたものとして安堵する。それを見ていた鉄鋼(有)も事態がどういう事なのか、そのやりとりで察しをつけて、すぐさま行き先の見当をつける。

 こうして、大人たちは物わかりよく分かりあったのであるが、しかし、事態が全くわからずにわめきちらす銀次郎は、鈴の手を引き、ただただどこかへ逃げようとやたらめったら騒いでいた。その時、ふいに銀次郎の手を今度は鉄鋼(有)が引っ張って、すぐさま自分たちがいくべき先を方向づけ、一行はお千代が暗に示した古い納屋へと一目散に駆けだしていくのであった。


 こうして鉄鋼(有)は、無事、追っ手の佐吉から逃れ、その後、納屋までたどり着く。


 ・・・が、無論、こうして鉄鋼(有)が逃げ仰せたのは単に運が良かったわけではない。元より、追っ手の佐吉は、鉄鋼(有)を討ち取る気など毛頭なかったからだ。


 慣例により、佐吉は逃げる相手を追ってはみたものの、先の一瞬で鉄鋼(有)に好意を持った身としては、実際には、鉄鋼(有)を殺すなどという選択肢はあり得るはずもなかった。逃げ仰せるなら逃げ仰せた方が良いに決まっている。それは、おそらく、王子もそう考えているという確信の下、佐吉は足をにぶめ、鉄鋼(有)をわざわざ見失ってみせたのだ。そうでなければ、いかに切れ者とはいえ、子を抱えた鉄鋼(有)が佐吉という一流のハンターから逃げ仰せるはずもない。佐吉は、この手の作業のプロであるからして、一介の小作人に過ぎない鉄鋼(有)に巻かれるなどという事はあるはずもないのだ。


 こうした事は、鉄鋼(有)も感じてはいたものの、しかし、その可能性が100%ではあり得ないため、さつま王子が村から出ていくまでの間は納屋の中で身を潜めるより他に無かった。

 反対に佐吉は、鉄鋼(有)を見つけたくはないので、既に見当をつけている納屋を全力でスルーして、わざわざ見当違いの方向を徘徊し、いかにも残念そうにしつつ、鉄鋼(有)見つけられじといったそぶりで、さつま王子のいる元・鉄鋼(有)の耕していた農地に戻っていくのであった。


 その時、戻ってきた佐吉の姿を遠巻きに見た王子は、その姿を見るや否や、驚くべき言葉を大声で佐吉に投げかけた。
 

「あれ?佐吉?斬った?斬っちゃった?斬らなくて良いのに!バカじゃん!追ったらバカじゃん!!追うなよ。」


「!!・・・」


 その言葉に、佐吉は唖然としてしまった。いかに言っても、王子に無礼を働いた人間を追うなというのは、一体どういう事であろうかと。確かに、王子も鉄鋼(有)を逃がしたいというそぶりが無いでも無かったが、しかし、追うなと明言までするとは、余りにもありえない展開に佐吉は戸惑った。

 この言動の下にあるのは、王子が、佐吉以上に鉄鋼(有)の才を見抜いていた故である。と同時に、その出来る男のバカ息子・銀次郎という同い年の存在が気にもなっていたから言葉に拍車がかかったのだ。


 王子は、その英才教育が故に、自分と同い年の人間に触れた経験がほとんど皆無と言ってよく、自分と同い年の人間が何を考え、どう生きているのかという事を銀次郎という存在を通して、はじめて考えるに至っていた。こうした無用な考え・感情は、今までのさつま王子には見られぬものだったから、王子自身、ちょっとした驚きを覚える。しかし、それもまた一興と頭の中でその驚きを処理した上で、しかし、そこであえて、その感情に身を任せる事を王子は選択し、その勢いで、佐吉に続けざまにこう言ってみせたのだから王子も随分と思い切った事をしたものである。


「なーなー。さきっちゃんよー。斬ってねえよなー。斬ってたら、おまえ斬っちゃうよ。アホか!どうなのよ?斬ったの?斬っちゃったの?斬ったのかよ?さきっちゃん」


 またしても、佐吉は唖然としてしまった。斬っていたら、斬られていたというのか?ちゃんと仕事をしていたら、ここで自分は斬られていたというのか?ていうか、さきっちゃんって。ええええええ。今までそんな風に呼んだ事ねえじゃん!何これ?何こいつ?バカな!バカなの?バカを言うな!自分は王子にとって、それほどの人間でしか無いと言うのか!?王子は本当に本物のバカか!!?なんでだ!?意味わかんねええええええ


 佐吉は、いままで王子のバカ故に人を動かしてきた言動に心動かされ、そこで王子に心酔してきた面があったが、実際いざ、自分にそのバカな刃が向けられるに至っては、やはり、こいつバカじゃん!!ああ、オレはなんでこんなバカに仕えてきたんだ!バカ!バカ!オレのバカ!やっぱ、バカはだめだ!だめなんだ!!とはらわたの煮えくり返る想いでいっぱいになっていた。しかし、そんな一時の感情に支配される佐吉では当然ない。そう思ったものの、そこは瞬時に胸の内に押し殺し、冷静に「斬ってない」という事実を思いだして、事に冷静に対処するのであった。


 「いや、斬ってませぬ。ご安心を」


 「へー。へー。おまえがなー。ホントかよ?おまえが獲物を取り逃がす事もあるんだな。へえ。ふうん。ぎゃっはははは。受けるー受けるー。ばかだー。佐吉、ばかだー。まあなー。おまえ、さっき斬ろうとしてコケちゃったもんなー。空振って怪我してるもんなー。だっせーだっせーくそだせー。おまえの頭は、はげちゃびん。ぎゃはははは。」


 さつま王子は、鉄鋼(有)が、いや、銀次郎が斬られてないのを知るや、一気に嬉しさがこみ上げ、妙に自分の中に「子供らしさ」が生まれてくるのを感じていた。それは、ある意味では、王子の魂の解放であったかもしれない。国を憂い、国にすべてを捧げる他、何も思いもついていなかったさつま王子の心が、銀次郎という、一人のやんちゃな坊主に触れる事によって、急激に変化を遂げた有様だと言って良いだろう。

 佐吉は、当然、これに戸惑った。これは、佐吉にとっては、強烈なパンチであったに相違ない。こんな事を言われては、ここに至っては、佐吉は口をあんぐりとするしかなかった。いや、言い返すも何も、何すか?これは。一体、自分は、王子にどう思われてると言うのだろう。王子はどうしてしまったと言うのだろう。この時、佐吉は、自身の立場に急激に不安を覚えると共に、国の先行きまで本当に不安になるほど、うろたえしまったのだ。

 しかし、それを見て取ったさつま王子は、即座にこう言い放ったのだから大したものだ。


「佐吉、案ずるな。お前の頭がはげちゃびんなのは、お前のせいではない。人間、そういう事もあるんだ。大丈夫だ。そして、ぼくがこういう事を言う事もある。慣れろ。」


 それは真理を語る言葉であった。佐吉は、その発言に再び冷静さを取り戻し、王子の成長を見て取った。いや、成長どころの話ではない。もしかして、この王子は本当は本当にバカではないのではないか?これもわざとやっているのではないか?と佐吉は思いはじめていた。

 折しも、その時、さつま畑の整備が完了を遂げる時分でもあった。さつま畑のプロたちが自分の仕事を終え、作業を引き上げてくるその後ろに見えるその畑は、正に絶品で微塵も隙を感じられないほど完璧な出来映えであった。それを見て、佐吉は、ごくっと喉を鳴らし、この「結果」をもたらした王子の顔をちらりと眺めた。


 その光景を見て、王子は冷静にいつもの出来に満足し、プロの仕事をしたプロたちの方にくるりと身を向き直し、「おっけー!君らすげー!さっすがー!!」といつものねぎらいの言葉を傾けながら、一人一人の肩をポンポンポンポンと叩いていった。こうしてバカな王子はバカなふりにより、多くのプロフェッショナルから人気を集めていき、やがて、その集積が王子を日本に無くてはならない存在へと変えていく。王子がいかに切れ者とはいえ、結局のところ、国を造るのは人と人である。王子は自分がバカである事を演じる事により、人の助けを借りねばやっていけぬのだという事で、人に余分に仕事をさせる天才であったとも言えよう。


 結局の所、自分と王子の違いはその点であると佐吉は、この時分より考えていたふしがある。この時、佐吉が心底、王子に腹を立てて、佐吉が王子憎しとしこりを残していたなら、のちの王子の業績もまた無かったものであるに違いない。つまり、まだ若く非力な存在である王子は、この時、佐吉という懐刀が側にいる事で、こうした任を果たせているといった側面があると言っても過言ではないだろう。


 このように歴史は、時に、その時々に必要な必然的パートナーをその道に用意するものである。いや、それは歴史に選ばれた人間というのは、偶然の折り重なりが見事に重なりあった結果、歴史に選ばれるのだから当然というべき折り重なりかもしれない。そう。それが当然であるかの如く、いぶし銀次郎とさつま王子、この二人の少年は、このあと、出会うべくして出会う事になるのである。


・・・・・・・・・・


 この同時刻。狭い納屋で何もする事が無く退屈を極めていたいぶし銀次郎は、さつま王子のバカ面を思い出し、一人にやにやと天井を眺めていた。そして、やおら、「よし!アイツにまたいたずらしに行こう!」と心の中でつぶやき、鉄鋼(有)の目を盗み、納屋を抜け出せるその機会を今か今かと待っていたのである・・・・・・



 第3話につづく

| さつま王子 | comments(0) | - | posted by bukai -
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