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さつま王子 第一話「辺境の村」その1 19:57

 時は幕末。さつまの国。


 多少ひねくれた一人の少年が壮大な物語の幕を開ける。その名も「さつま王子」。さつまの国の王子様。この時、彼はまだ12歳。王である父の仕事に純粋に憧れ、その仕事を引き継ぐことを運命づけられた彼は、皮肉にも「その仕事ぶり」故に、時代の激動の渦へと巻き込まれていく事になる。これは、そんな激動の時代の物語である。

さつま王子
 
タイトル「さつま王子(仮)」




第一話:辺境の村




 「芋、植えちゃえばいいじゃん」


 少年・さつま王子は気軽にそう言い放ったのだが、しかし、それは米を作る一介の小作人にとっては、恐るべき一言であり、また身にかかった不幸・厄介事の一つでしかなかった。オマエになんかそんなこと言われたくねえよ!というのが大方の小作人たちの本音であろう。しかし、言われてしまったからには仕方ない。仮にも、相手は一国の王子であり、王子の一言は絶大であり、一介の小作人の意見で何か物事が覆るものでも無いのだ。しかし、そんな事は重々承知の上で、一介の小作人である、いぶし鉄鋼(有)は、あえて一言、王子のその言葉に反論を添えたのである。


「へえ。そうは言っても、王子様。あっしら、米作るしか脳がねえもんで、芋と言われましても、そんなもんは見た事もなければ食うた事もない。まして、そげなもんを植えろと申されても作れるかどうかもわからない。ここは一つ、米の収穫期ももうじきでございますし。米さ収穫してから、また改めて来て頂くという事でお願いできんでしょうか。このへん一体は、まだ幕府のお役人様も目を光らせているところでして・・・」


 なるほど。うまい言い回しだ。と、王子の側近である船渡しの左吉は唸った。当時、さつま芋は、高価な食べ物であり、日本では、さつまの国のみで栽培されている輸入食物であり、そのようなものは庶民の口に到底入るものではない。まして、さつま芋は、幕府規制から、本来、さつま特区のみに栽培が許されている品である。この栽培を幕府の報復も恐れず、特区外にまで拡大しているのが、さつま王であるにしても、王族に生まれただけで何の権限もない、たかだか12歳の王子が、本来、軽々しく口に出来るものでもないのだ。その事を男は重々承知しており、その上でそれを的確についてきた。これに左吉は、ひとまず唸るのであった。

 しかし、左吉は同時に知ってもいた。そんな反論には何の意味もない事を。王子は、まだ12歳であり、「政治」が通用するはずもない。まして、「理路整然」がまかり通る相手でもない。つまり、この男・いぶし鉄鋼(有)は間違いなく、先の言葉を王子ではなく、理路整然を理解できる人間、つまり、大人たる自分に向けて発しているのだ。暗に自分に促しているのだ。左吉は、それを感じた時、心底、唸った。この男は「交渉」をしている。「政治」をしている。政治を試みる小作人などというものが、この世にいるものかと。


 通常、王子が小作人にこのような事を言った時、彼らは狼狽し、冷や汗をかき、そして、落ち着いたのち、諦め、中には、子供の言ってる事だと一笑にふそうとするのが落ちであった。もちろん、これは王に付託された事業であるから、子供の言う事といえども、王子は王子。反論が許されるはずもない。左吉は、そんな態度の小作人たちを何人も斬ってきた。交渉は、先制が重要であり、恐怖で村人たちを征服するのが簡単だ。小作人たちの反論は、我々に斬る口実を与え、統治にとっては都合のいい態度とも言える。その為、反論を起こしやすい、言った事を子供の戯言に限りなく感じさせるバカな王子の身なり、喋り方は、この、さつま普及プロジェクトに関して使用しやすいのだ。それ故、王は、まだ若い12歳の少年にこの任を仮託しているのだろう。

 しかしながら、この男、このさつま鉄鋼(有)は、その王子の容貌、口ぶりに全く反応せずに、冷静で的確に反論して見せたのだから驚く。いや、反論だけではない、まず反論し、同時に「諦めて」みせたのだから、心底、左吉は感嘆する。

 この男は、自分の「死」の意味を知っているのだろう。

 口では、幕府の存在をちらつかせながら、しかし、同時に、この男は、その圧力にほとんど期待できない事を知っているはずだ。それでは交渉にならない事をよく知っている。だから、その圧力は、あわよくば通ればいい、という程度の補足として言うにとどめておき、様子を伺っている。この男は、おそらく、この王子のわがままには、幕府以上の背景があり、このわがままは誰がどう言おうとまかり通ってしまう類のものなのだと察知しているのだろう。それを、その口ぶりに表しているのだ。これには左吉も唸った。まさか、この男、一瞬で我々の背後にある「ある強大な事実」を察知したと言うのか?左吉は、幕府の力のちらつかせなどではなく、その事に戦慄を覚えていた。もし、この男が「我々の背景」にまで気づいているのだとしたら、我々は、自分は、どうすべきだというのか。斬るべきか?しかし、こういう有能な男こそ国の宝ではないのか?「彼ら」に対峙する戦力の一人になるのではないか?今は一人でも多く、さつまの戦力を失ってはならぬ時期。

 左吉の頭は、思わぬ事態に混乱して、一瞬、何も判断を下す事が出来ずに止まってしまっていた。いや、それは左吉の思い過ごしであると言うべきだろう。一介の小作人が「彼ら」の存在をどうやって知る事が出来るというのか。知れるわけがない。知れるわけがないのだ。しかし・・・・・

 いずれにしても、この男は、簡潔に「言うべきこと」を述べ、さっさと事を終わらそうとしている。その諦めの良い口ぶりから斬られる覚悟があっての物言いであろう。つまり、自分の「死」を覚悟し、それを村人に捧げようとしているのだ。この男は、自分が斬られる事により、他の村人たちに、次の仕事、さつま芋の栽培に対してスムーズに移行するよう暗に促している。王子の言うことに反抗の態度を示せば、斬られるという事を身を持って示そうとしている。この男、一介の小作のようでいて、なかなか出来るな。と左吉は感じていた。そして、事実、この男・いぶし鉄鋼(有)は、のちに時代の中で大きな役割を果たすのだから、この左吉という男の洞察もなかなかのものだと言えるだろう。しかし、そんな出来る大人たちの無言のやりとりを尻目に、無知で幼稚なさつま王子は、端的に、こう、いぶし鉄鋼(有)に野賜ったのであった。


 「芋、食べちゃえばいいじゃん」


 つづき
| さつま王子 | comments(0) | - | posted by bukai -
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