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さつま王子 第3話:「それぞれの出会い」その2 21:45


 その1はこちら  


 納屋に入り、今か今かと息をひそめていたいぶし銀次郎は、父母が寝静まるのを確認するや否や、一息で飛び起き、その納屋から一目散で駆け出し、外に出た。

 鉄鋼(有)に気づかれる事もなく、首尾良く外に出た銀次郎は、狭い納屋から飛び出した開放感に浸っていたが、同時に夜の闇に若干の怖さも感じていた。しかも、その時、遠くの方から、か細い声で幼い女の子の歌が聞こえてくるのだから、背筋がぞっとする。

 しかし、その歌声に恐れを抱きつつも、同時に好奇心の固まりである銀次郎は、お構いなしにその歌声の方に近づくのだから大したものだ。銀次郎は、声の聞こえてくる方向をうろうろ探しつつ、やがて川辺に辿り着き、遠くに二つの影を見た時、あまりの意外な光景に心底、仰天した。それは、銀次郎にとって、お化けを見るより、余程、驚きの出来事であったと言えるだろう。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・


 鉄鋼(有)の田をさつま芋畑に平定し、首尾良く仕事をしたはずのさつま王子は、その晩、夢にうなされていた。さつま王子は、この仕事をはじめてのち、毎晩のように悪夢を見ているが、とりわけ、その日は酷くうなされてしまっていた。鉄鋼(有)という一人の才に手をかけたかもしれない可能性。鉄鋼(有)という優秀な人材をもしかしたら、この国は失ってしまうかもしれない可能性。自分の行動によって、色々あり得た「かもしれない」可能性によって、さつま王子の肩には、いまや尋常でない重圧が大きくのしかかり、その身を苦しめていたのだ。

 こうした重圧を未だ12歳の子供が引き受けねばならないのだから、その苦痛は想像を絶する。否。もしかしたら、子供だからこそ、事がわからず、子供故の無邪気さで突破してきた面もあったのであろう。しかし、王子は、実際には、そこまで無邪気でもなく、いつもいつもうなされてしまう真面目な性格を有していたので心労・疲労は想像を絶するまでに蓄積されていた。自分がもっと無邪気であったなら、自分がもっともっと無邪気でいられたら、さつま王子のその本来あるべきであった子供故の無邪気な生を送れない事に対する苛立ちもまた、王子の心に急速に影を落とす一因となっていた。また、それが王子がバカを演じる理由にも拍車をかけていたのかもしれない。

 そこに、自分と同い年の無邪気な少年、銀次郎が現れた事で、王子は、更に自分の立場の不条理を認識してしまったのである。それ故、王子のうめきは、今宵、事更にひどいものとなっていたのだろう。正に悪夢。悪夢の連鎖である・・・

 ずどーーーーん!

 夢の中で見ていた、さつま芋爆発の轟音と共に王子は目を覚ました。まだ眠り浅く、まだ一時間と寝ていない程の眠りであったが、王子はその悪夢の余りの衝撃に眠りを諦め、佐吉の目を盗み、窓からぽーんと飛び降り、気を紛らわすため、散歩に出かけるのであった。

 無論、実際には、佐吉はそうした行動に気づき、いつも、そこに人知れず尾いてくるのが常であった。しかし、この日は、昼間の葛藤のせいもあったであろうか、佐吉は、この日に限り、深い眠りについており、王子の監視という役目を一時忘れてしまっていた。それ故、今宵のさつま王子は、一人、夜の道を歩く開放感を得て外へ繰り出せた。無論、数々の人間から恨みをかいまくる王子であったから、一人で夜道を歩くなど、本来、怖くてとても出来るものでは無い。しかし、その抱える不安を置いといてなお、今宵のさつま王子は、日常から離れたい気分が強く、家臣の従わない荒涼とした風景は、普段味わえない格別のものとして王子の目には魅力的に映ったのである。そんな折である。遠くから聞こえてくる一つの歌声に、さつま王子が気づいたのは。それは、か細く幼い女の子の歌声であった。そう。この時、さつま王子の耳に入ってきたのは、銀次郎の聞いていた歌声と同一の正にそれである。


 ・・・・・・・・・・・


 銀次郎が遠くに見たのは、歌声の主である女の子とさつま王子の姿であった。女の子の名前は、響鬼どれみ。響鬼虎之助とお千代の娘にして、銀次郎を兄のように慕うカワイイ幼なじみである。そのどれみが、あの王子と一緒にあるのだから、銀次郎は心底驚いた。そして、同時に、心底、動揺し、勢いに任せ、二人の下に駆け寄った。

「やいやいやい!いも王子!お前、こんなとこで何やってんだよ!どれみ、たぶらかして虎さんの田んぼまでぶっつぶす気か!くそが!!」

 「は?どれみ?」

  と思いつつ、王子は、そこに来た意外な顔に目を丸くしていた。いぶし銀次郎。その、自分に悪夢を与えた無邪気な同い年が、あたかも、横にいる女の子の知り合いであるかのように話すのだから、王子もまた、急な展開に驚きを隠せずにいたのだ。

 「あ、お兄ちゃん。」

 と、実際、知り合いであったどれみは、その兄と慕う銀次郎の顔を見て、側にすぐさま駆け寄っては、その着物の袖の下を引っ張りつつ、お兄ちゃんお兄ちゃんと子猫のように甘えた素振りでぴょんぴょんと飛び跳ね、銀次郎に懐くのであった。そのほほえましい姿ににわかに嫉妬するさつま王子。

 嫉妬。

 ここにおいて、さつま王子は、身の内にあるいたたまれない思いをはっきりと自覚し、胸は想いにあふれ、今までの人生をはっきりと否定する鐘の音のように、とてつもなく大きな声でやおらわんわん泣き出すのだ。

 えーんえーんえーんえーん(泣)

 銀次郎とどれみ。二人は、その姿を見て、唖然とする。と同時に、どれみは、そのやさしさで子供らしく素直に王子に声をかける。

 「お兄ちゃん、どうしたの?」

 えーんえーんえーんえーん(泣)

 内からあふれ出る感情が余りにも激しく、それに応えられない王子。王子の感情は同じ子供たちの眼差し故か、他人に涙を見せるのも今宵ばかりは良しとし、思わぬ感情にとめどなく揺さぶられ続け、止めようともしていなかった。

 しかし、銀次郎は、たった今、目の前にいる男によって身を追われたその身である。その最中、こうして、ひとしきり王子の泣く姿を見て、銀次郎は突如として目の前の男に腹が立ってくるのであった。なんだ、こいつは?なんなんだよ?父ちゃんの田んぼをつぶした奴だよな?ありえねえ。絶対ありえねえ。父ちゃんがなんでこんな奴にやられるなんて絶対ありえねえ。ぶっとばす!!!

 というわけで、銀次郎は目の前にいる、さつま王子のその頬をめがけて、助走をつけたその勢いから右の腕を思い切り振りかぶって、当然、こぶしはグーにして、躊躇無く何の手加減もなく力いっぱい最大の力でぶん殴ったのだった。


 あべしっ!!

 と、素っ頓狂な声を挙げて、さつま王子は、その衝撃で3メートルぐらい吹っ飛んだ。と同時に、ふいに世界がこわくなった。世界は何が起こるかわからない。こわいこわいこわいこわい。いたいいたいいたい。ヤだ。やだやだ。人生、もうヤだ。もうヤなんだ。なんでボクだけ、なんでボクがこんな目に・・・

 いままで散々、他人を蹂躙し、あれだけ有能で野心に燃えていた王子の心は、今や、ふいに子供故の弱さに身をやつし、全身に制御が効かなくなり、自身が崩壊していくかの如く、急速にその心の持ちようを強から弱へと変えていた。涙と痛みを一瞬にして身に引き入れた王子は、その衝撃によって、自分の今までしてきた事に「命」が関わる事をおぼろげに理解しはじめ、吹っ飛ばされて倒れたままの姿でばたばたと手足を動かす。

 「大丈夫?」

 と、そんな中、側でのたうちまわる王子を見ていられないどれみは、王子にやさしい言葉を一声かけるのであったが、即座にその行為を銀次郎は否定する。

 「どれみ、そんな奴に同情すんなよ!そいつは虎さんの田んぼを潰そうとしている奴だぞ」

 「え?」
 
 「!!」

 これは王子にとって決定打であった。王子の身には、かつてなく反省自省の念が渦巻き、王子は、急速にその自身のアイデンティティ、依って立つ心持ちを失いつつあった。自分は、なんなんだ?自分は何であろうか?自分は何様のつもりで今まで生きて来たのか?と。

 銀次郎の言っていた「虎さん」とは、響鬼虎之助の事であろう。つまり、この目の前の娘は虎之助の娘であるはずだ。その虎之助の娘になぐさめられる自分。そのなぐさめられた娘の土地をつぶす力を持つ自分。この縮図は何であろうか?良いのだろうか?いや良くはない。良くなければ、事は変えなければならない。そうか。変えよう。じゃあ変えよう。変えなければならないなら、じゃあ変えなければならない!!

 と、ここに至って、さつま王子の体に持ち前のポジティヴィティ、逆境をたのしめる力が芽を吹き出し、一瞬、失った自分の依って立つ位置をすぐに既にそれは捨て去るべき過去として位置づけ、あっという間に、王子は次進むべき道、つまり、王子の心持ちを変えたのであった。

 こうして、この時。さつま王子は、その改革の方向性に対して急速に舵を切る。ここからが、さつま王子伝説の真のはじまりであるとも言って良いし。これは正しい道筋であったとも言えるだろう。

 さつま王子といぶし銀次郎。二人の出会いは、必然であり、やがて、それは大きなうねりとなって、世界を変えていく事になる。さつま王子の変化した心持ち。それは・・・

 「銀次郎君と言ったね。おいしい芋をあげよう。話はそれからじゃん。」

 と言って、さつま王子は懐から光り輝く芋を取り出し、銀次郎の方に差し向けた。それを見て、銀次郎は心底驚いた。いや、芋が光ってるだけの話ではない。王子のその言葉。その言葉が何を意味するのか?つい先ほどまで王子憎しと、実際、思いっきりぶん殴った身とすれば、殴られた王子の口から何でそんな言葉が出て来るのか、ちっとも皆目検討がつかなかったのだ。コイツは何だ?コイツは何者だ?単なるバカか?

 その傍ら、どれみは喜んでいたが、銀次郎は、ものすごく怪しんだ。どうせまた、この芋は爆発するに違いないと。しかし、実際は、この芋は爆発はしない。何故なら、これは芋ではなく、金の塊なのだから。王子は、銀次郎に金の塊を渡して、その反応を見てたのしもうと考えたのである。王子の心持ちの変化。それは「気づかいとエンターテインメントの無償供給」である。

 この時から、さつま王子は、その政治手法をわいろ政治へと舵を切っていく事になる。歴史の影に暗躍し、諸外国と対等に渡り合う最強の交渉人のルーツが、いま正にここにはじまったのだ。翌朝、さつま王子は、響鬼虎之介と「対話」する。強権を振りかざし、頭ごなしに平定するのではなく、誰も思いつかないような全くメチャクチャな方法により穏便に田をさつま芋畑に変えようとせんとして・・・。
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さつま王子 第3話:「それぞれの出会い」その1 21:38

 第2話はこちらです


 響鬼虎之助。名前からして一介の小作人ではありえない、その男の出自は、名門・響鬼一族であった。響鬼家は未だ薩摩で力を持つ一族ではあるが、虎之助の起こした「ある事件」によって、今では、かつての隆盛とは程遠い勢力と成り下がってしまっている。


 これに関する事の発端は、こうである。


 虎之助は、18歳の当時、百姓の子であったお千代16歳と恋に落ちた。しかし、虎之助は、武士。それも名門・響鬼家の正統な跡取りであったため、当然、そんな恋は実るはずもない。そして、この時、虎之助は、周囲に、とりわけ、当主である父・馬之助にこの恋仲を引き裂かれて、断腸の念に包まれていたのである。これは、世が世であるから、当然の話であろう。しかし、そんな事で諦める虎之助ではなかったから、事はそれで収まらない。虎之助は、その親の意に従っていると見せかけていた3年間。周到に力を蓄え、自分に忠実な部下を増やし、その中でお千代との仲を密かに取り持ち、親に対しては謀反を引き起こし、あろう事か当主である実の父と母の首を取る暴挙にまで出たのだから、さあ大変。


 これにより、虎之助とお千代は結ばれた。しかし、やはり、このような凄惨で強引な出来事の後では、簡単に、めでたしめでたし、とはならなかったのである。この事により、虎之助は病んでしまったのだ。


 この時、虎之助は、もはや、お家を納めるどころの精神状態でもなく、また、その行動から家臣の信頼をまるで得る事も出来ず、今すぐにも命を狙われてしかるべきという状態に陥っていた。そして、耐えきれず、虎之助はお千代を連れて、ある日、いきなり、その姿を民の前からくらましてしまったのである。


 これに大混乱した響鬼家は、その後、お家騒動に発展し、その勢力を大きく失い、今に至る。


 これに大打撃を受けたのが、いぶし鉄鋼(有)である。鉄鋼(有)は、当時、日本初の有限会社を設立し、羽振りのよい暮らしをしていたが、その売り上げの大半を響鬼家の発注する肩当て創りで賄っていたのだから、さあ大変だ。当主の虎之助は姿をくらまし、挙げ句の果てにそのお家は勢力を分派し、そして、真っ向から対立してしまったのだから、鉄鋼(有)はどちらについても、どちらかの恨みを買う事になった。つまり、鉄鋼(有)は一夜にして選択を間違えば、死を意味するかもしれない立場へと追いやられてしまったのである。これは武器を造る者=死の商人の性とはいえ、純粋に性能の良い肩当てを創る事を是としていた鉄鋼(有)にとっては、つらいものに相違なかった。それ故、この時、鉄鋼(有)は、どちらの勢力にもつかず、いさぎよく身を引き、会社を畳む事を選んだ。この選択は後を振り返れば、真っ当なものであったと言えるだろう。


 その後、鉄鋼(有)は、一介の素浪人として肩当てを作り回り、流れの肩当て職人として密かに伝説と化していったのであったが、やはり、それはニッチな需要でしかなく、家計は徐々に苦しく、生活は地を這うような生活を余儀なくされ日常に苦しむ。


 この鉄鋼(有)を職人から百姓に変えたのは、当時、18歳の鈴である。何者にもすり寄らず、ただひたすらに良質の肩当てを作り続けようと願う鉄鋼(有)に対して、端で見ていた、鈴・18歳は猛烈に惚れてしまったのだ。そして、その鈴に惚れられる事によって、鉄鋼(有)は、つらい浮き世を忘れ、女性という甘い蜜に人生ではじめて、うつつを抜かし、反面、職人としての腕は、次第に鈍っていくものとなった。また、そこに拍車をかけるように時代は肩当てという防具を必要としなくなっていっていた面もある。そんな折から、二人は「潮時かも」とぽつりとつぶやき、ここにおいて、鉄鋼(有)は、ひとまずノミを置き、その職人としての人生を断念する事を決意するのである。


 こうして、鈴と身を固めた鉄鋼(有)は、幸いにも、大地主である鈴の生家から土地を分譲してもらい、稲作作りに精を出す事となったのだ。


 そんなある日、鉄鋼(有)の前に姿を現したのが響鬼虎之助と、その妻・お千代である。なんと、お千代と鈴は幼なじみであり、かつての地縁を頼って、お千代が鈴に土地の分譲をお願いしに来たのである。こうして、鉄鋼(有)と虎之助。二人は、思いがけず、再び出会う事になった。それもこたび出会った二人は、かつてのクライアントと職人という主従に近い間柄ではなく、同じ百姓として同列に対すべき間柄となっていたのだから、事態は複雑に展開する。否。ここで出会ったのが鉄鋼(有)でなければ、そのようになっていたであろうが、そこは流石の鉄鋼(有)。そんな事にはならず、むしろ、鉄鋼(有)は、落ちぶれた虎之助に、かつて肩当てを発注してくれてありがとうといった気持ちで接し、快く土地を分譲し、事は単純に進んだのであるから懐の深い男の前では、世は気持ちよく進むものである。


 これにより、未だ精神が崩壊気味であった虎之助は、すっかり、鉄鋼(有)に心を許し、次第に心も回復し、二人は意気投合する事に至ったのであった。


 しかも、この優秀な二人による友情は、やがて、稲作自体にも多大な影響を及ぼす事になる。どちらも稲作のいろはに欠ける新参の小作には相違なかったが、優秀な妻たちの力を借りつつ、お互い、高度な意見交換により、二人の田んぼは、近隣一体で比類するものの無きほど素晴らしい収穫を生み出す事になっていったのだ。そして、その事により、この二人の名もまた、優秀な小作人として、近隣に轟くことになっていったのである。


 これをつぶすのはもったいない。と思いつつも、しかし、それ故、さつま王子は、この二つの田の平定こそが改革の本丸と捉えて、見せしめの為、ここをつぶす事を第一と考えた。この見事な稲を更に見事なさつま芋畑に変える事で、さつま芋栽培がいかに有益かをこの地で示す事を考える。これにより、この地の転用こそ、さつま芋の有用性を広く世に問える最大の仕事になるはずだと考えた。無論、これは、虎之助憎しを貫く名門・響鬼家の意向も受けて、決定した出来事ではあるのだが。


 こうして、さつま王子は、当面の敵に響鬼虎之助を想定しつつも、その外埋めとして、まずは、どうやら虎之助と組んでいるらしい無名の鉄鋼(有)の田を平定し、その勢いで虎之助を攻め入るという方法を優先する事とした。これにより、結果的には、あっさりと平定した鉄鋼(有)の畑の成果を持って、王子は、翌朝、響鬼虎之助が田に進行する事を決意する事にしていたのだ。しかし、翌朝、


「芋、植えちゃえばいいじゃん」


 という、その言葉が虎之助の田で発せられる事は無かった。王子の身に「ある事件」が、その夜、起こったからである。


・・・・・・・・・・・・・



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さつま王子 第2話:「王子の野心」その2 23:00
>その1はこちら


 いぶし鉄鋼(有)は、逃げるさながら、運良く、妻・鈴をその最中に見つけた。運良くと言っても、無論、鉄鋼(有)は、見当をつけていた場所をめぐっていたのだから、運良くと言うのは言いすぎかもしれない。しかし、銀次郎を肩で担ぎ、なおかつ、追っているのが佐吉である事を考えれば、見事、見当をつけた場所にまでたどり着けた事自体は、運良くというよりほか無いだろう。


 鉄鋼(有)の見当のつけた先、村の洗濯場で、鈴は洗濯をしている最中であった。そこで、鈴は響鬼虎之介が妻・お千代と仲良く談笑している最中でもあった。そんなほがらかな午後の一時に、鉄鋼(有)が銀次郎を肩に抱え、鬼の形相でこっちに走ってくるのだから、鈴は心底ぎょっとする。しかも、鉄鋼(有)は、鈴を見るや否や、大声で叫ぶのだから、なおのこと鈴は驚いた。


「すずー!すまんー!追っ手だー!逃げっぞー!!」


 この時、鉄鋼(有)の肩に担がれていた銀次郎は、叫ぶ勢いで、自らを抱える鉄鋼(有)の右腕のバランスがわずかに崩れたのを見逃さなかった。ずっと肩の上で降りる機会を伺っていた銀次郎は、この隙に、その肩からするりと飛び降り、その勢いで地面に手を突き衝撃を逃すように一回転しながら受け身を取って、ものの見事に鈴の目の前へとくるりと立ち上がった。瞬間、銀次郎は鈴の手を引き、鈴の顔を見て、わめきだす。


「母ちゃん!ごめん!追っ手だ!俺がやっちゃった!」


 これに動揺を覚える鈴であったが、母は強しと言うべきか。息子の一言ののち、すぐさま冷静さを取り戻し、事の子細にすぐさま見当をつけて、脇できょとんと事態を見守っていたお千代の方をさっと見た。

 お千代もまた察しのよい女で、それを見て、すぐに事の子細を想起し、すぐさま、自分の家の納屋が空いている事に頭を巡らす。そして、お千代は、あわてて、鈴の方へ向き、言葉を出すのも時間のムダだといった素振りで瞬時にコクンと頷いた。

 鈴はそれにより、見当をつけていたその当てをお千代が了承してくれたものとして安堵する。それを見ていた鉄鋼(有)も事態がどういう事なのか、そのやりとりで察しをつけて、すぐさま行き先の見当をつける。

 こうして、大人たちは物わかりよく分かりあったのであるが、しかし、事態が全くわからずにわめきちらす銀次郎は、鈴の手を引き、ただただどこかへ逃げようとやたらめったら騒いでいた。その時、ふいに銀次郎の手を今度は鉄鋼(有)が引っ張って、すぐさま自分たちがいくべき先を方向づけ、一行はお千代が暗に示した古い納屋へと一目散に駆けだしていくのであった。


 こうして鉄鋼(有)は、無事、追っ手の佐吉から逃れ、その後、納屋までたどり着く。


 ・・・が、無論、こうして鉄鋼(有)が逃げ仰せたのは単に運が良かったわけではない。元より、追っ手の佐吉は、鉄鋼(有)を討ち取る気など毛頭なかったからだ。


 慣例により、佐吉は逃げる相手を追ってはみたものの、先の一瞬で鉄鋼(有)に好意を持った身としては、実際には、鉄鋼(有)を殺すなどという選択肢はあり得るはずもなかった。逃げ仰せるなら逃げ仰せた方が良いに決まっている。それは、おそらく、王子もそう考えているという確信の下、佐吉は足をにぶめ、鉄鋼(有)をわざわざ見失ってみせたのだ。そうでなければ、いかに切れ者とはいえ、子を抱えた鉄鋼(有)が佐吉という一流のハンターから逃げ仰せるはずもない。佐吉は、この手の作業のプロであるからして、一介の小作人に過ぎない鉄鋼(有)に巻かれるなどという事はあるはずもないのだ。


 こうした事は、鉄鋼(有)も感じてはいたものの、しかし、その可能性が100%ではあり得ないため、さつま王子が村から出ていくまでの間は納屋の中で身を潜めるより他に無かった。

 反対に佐吉は、鉄鋼(有)を見つけたくはないので、既に見当をつけている納屋を全力でスルーして、わざわざ見当違いの方向を徘徊し、いかにも残念そうにしつつ、鉄鋼(有)見つけられじといったそぶりで、さつま王子のいる元・鉄鋼(有)の耕していた農地に戻っていくのであった。


 その時、戻ってきた佐吉の姿を遠巻きに見た王子は、その姿を見るや否や、驚くべき言葉を大声で佐吉に投げかけた。
 

「あれ?佐吉?斬った?斬っちゃった?斬らなくて良いのに!バカじゃん!追ったらバカじゃん!!追うなよ。」


「!!・・・」


 その言葉に、佐吉は唖然としてしまった。いかに言っても、王子に無礼を働いた人間を追うなというのは、一体どういう事であろうかと。確かに、王子も鉄鋼(有)を逃がしたいというそぶりが無いでも無かったが、しかし、追うなと明言までするとは、余りにもありえない展開に佐吉は戸惑った。

 この言動の下にあるのは、王子が、佐吉以上に鉄鋼(有)の才を見抜いていた故である。と同時に、その出来る男のバカ息子・銀次郎という同い年の存在が気にもなっていたから言葉に拍車がかかったのだ。


 王子は、その英才教育が故に、自分と同い年の人間に触れた経験がほとんど皆無と言ってよく、自分と同い年の人間が何を考え、どう生きているのかという事を銀次郎という存在を通して、はじめて考えるに至っていた。こうした無用な考え・感情は、今までのさつま王子には見られぬものだったから、王子自身、ちょっとした驚きを覚える。しかし、それもまた一興と頭の中でその驚きを処理した上で、しかし、そこであえて、その感情に身を任せる事を王子は選択し、その勢いで、佐吉に続けざまにこう言ってみせたのだから王子も随分と思い切った事をしたものである。


「なーなー。さきっちゃんよー。斬ってねえよなー。斬ってたら、おまえ斬っちゃうよ。アホか!どうなのよ?斬ったの?斬っちゃったの?斬ったのかよ?さきっちゃん」


 またしても、佐吉は唖然としてしまった。斬っていたら、斬られていたというのか?ちゃんと仕事をしていたら、ここで自分は斬られていたというのか?ていうか、さきっちゃんって。ええええええ。今までそんな風に呼んだ事ねえじゃん!何これ?何こいつ?バカな!バカなの?バカを言うな!自分は王子にとって、それほどの人間でしか無いと言うのか!?王子は本当に本物のバカか!!?なんでだ!?意味わかんねええええええ


 佐吉は、いままで王子のバカ故に人を動かしてきた言動に心動かされ、そこで王子に心酔してきた面があったが、実際いざ、自分にそのバカな刃が向けられるに至っては、やはり、こいつバカじゃん!!ああ、オレはなんでこんなバカに仕えてきたんだ!バカ!バカ!オレのバカ!やっぱ、バカはだめだ!だめなんだ!!とはらわたの煮えくり返る想いでいっぱいになっていた。しかし、そんな一時の感情に支配される佐吉では当然ない。そう思ったものの、そこは瞬時に胸の内に押し殺し、冷静に「斬ってない」という事実を思いだして、事に冷静に対処するのであった。


 「いや、斬ってませぬ。ご安心を」


 「へー。へー。おまえがなー。ホントかよ?おまえが獲物を取り逃がす事もあるんだな。へえ。ふうん。ぎゃっはははは。受けるー受けるー。ばかだー。佐吉、ばかだー。まあなー。おまえ、さっき斬ろうとしてコケちゃったもんなー。空振って怪我してるもんなー。だっせーだっせーくそだせー。おまえの頭は、はげちゃびん。ぎゃはははは。」


 さつま王子は、鉄鋼(有)が、いや、銀次郎が斬られてないのを知るや、一気に嬉しさがこみ上げ、妙に自分の中に「子供らしさ」が生まれてくるのを感じていた。それは、ある意味では、王子の魂の解放であったかもしれない。国を憂い、国にすべてを捧げる他、何も思いもついていなかったさつま王子の心が、銀次郎という、一人のやんちゃな坊主に触れる事によって、急激に変化を遂げた有様だと言って良いだろう。

 佐吉は、当然、これに戸惑った。これは、佐吉にとっては、強烈なパンチであったに相違ない。こんな事を言われては、ここに至っては、佐吉は口をあんぐりとするしかなかった。いや、言い返すも何も、何すか?これは。一体、自分は、王子にどう思われてると言うのだろう。王子はどうしてしまったと言うのだろう。この時、佐吉は、自身の立場に急激に不安を覚えると共に、国の先行きまで本当に不安になるほど、うろたえしまったのだ。

 しかし、それを見て取ったさつま王子は、即座にこう言い放ったのだから大したものだ。


「佐吉、案ずるな。お前の頭がはげちゃびんなのは、お前のせいではない。人間、そういう事もあるんだ。大丈夫だ。そして、ぼくがこういう事を言う事もある。慣れろ。」


 それは真理を語る言葉であった。佐吉は、その発言に再び冷静さを取り戻し、王子の成長を見て取った。いや、成長どころの話ではない。もしかして、この王子は本当は本当にバカではないのではないか?これもわざとやっているのではないか?と佐吉は思いはじめていた。

 折しも、その時、さつま畑の整備が完了を遂げる時分でもあった。さつま畑のプロたちが自分の仕事を終え、作業を引き上げてくるその後ろに見えるその畑は、正に絶品で微塵も隙を感じられないほど完璧な出来映えであった。それを見て、佐吉は、ごくっと喉を鳴らし、この「結果」をもたらした王子の顔をちらりと眺めた。


 その光景を見て、王子は冷静にいつもの出来に満足し、プロの仕事をしたプロたちの方にくるりと身を向き直し、「おっけー!君らすげー!さっすがー!!」といつものねぎらいの言葉を傾けながら、一人一人の肩をポンポンポンポンと叩いていった。こうしてバカな王子はバカなふりにより、多くのプロフェッショナルから人気を集めていき、やがて、その集積が王子を日本に無くてはならない存在へと変えていく。王子がいかに切れ者とはいえ、結局のところ、国を造るのは人と人である。王子は自分がバカである事を演じる事により、人の助けを借りねばやっていけぬのだという事で、人に余分に仕事をさせる天才であったとも言えよう。


 結局の所、自分と王子の違いはその点であると佐吉は、この時分より考えていたふしがある。この時、佐吉が心底、王子に腹を立てて、佐吉が王子憎しとしこりを残していたなら、のちの王子の業績もまた無かったものであるに違いない。つまり、まだ若く非力な存在である王子は、この時、佐吉という懐刀が側にいる事で、こうした任を果たせているといった側面があると言っても過言ではないだろう。


 このように歴史は、時に、その時々に必要な必然的パートナーをその道に用意するものである。いや、それは歴史に選ばれた人間というのは、偶然の折り重なりが見事に重なりあった結果、歴史に選ばれるのだから当然というべき折り重なりかもしれない。そう。それが当然であるかの如く、いぶし銀次郎とさつま王子、この二人の少年は、このあと、出会うべくして出会う事になるのである。


・・・・・・・・・・


 この同時刻。狭い納屋で何もする事が無く退屈を極めていたいぶし銀次郎は、さつま王子のバカ面を思い出し、一人にやにやと天井を眺めていた。そして、やおら、「よし!アイツにまたいたずらしに行こう!」と心の中でつぶやき、鉄鋼(有)の目を盗み、納屋を抜け出せるその機会を今か今かと待っていたのである・・・・・・



 第3話につづく

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さつま王子 第2話:「王子の野心」その1 21:03


 ようやく第2話が出来ました。長いですが、とりあえず、前半部分だけ、どうぞ。

 第1話はこちらです


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 プロというのは、かくも鮮やかな仕事をするものであろうか。王子の召集した総勢50名にもなる、さつま芋栽培のプロフェッショナルたちは、あれほど見事だった鉄鋼(有)の農地を一瞬にして埋め立て、更に見事なさつま芋畑を一瞬にして作り上げたのだから実に驚く。この仕事を見れば、この精鋭部隊がいかに凄まじいスキルを持っているかという事は一目瞭然と言うべきだろう。


 これは、無論、さつま王子の功績によるところが大きい。王子の人心掌握術と人を見る目は、この部隊のこのスキルの維持に大きく活かされているのだ。左吉が純粋でバカだと思っているさつま王子は、実は大変計算づくで「バカ」を演じていた。バカのふりをして生きるのは楽なのだ。


 元より、自らは、王が一人しか子に恵まれなかった為、一人っ子として過大に期待をかけられながら、帝王学を学ぶを宿命づけられてきた存在だ。王子は10歳になる頃には、もはや、親や教師の知能を遙かにしのぐ聡明さをその身に宿らせ、その聡明な頭で、子供というのはバカを演じるのが一番だという事に気づいていた。


 さつまの国。とは、名ばかりで、元来、この地は稲の豊作地で、その稲の品質と収穫量によって国を富ませてきた歴史がある。かつては、薩摩藩と表記していた国の話だ。この国を「さつまの国」としたのは、現在のさつま王である。この現さつま王は、なかなかのかぶき者で、正室にポルトガル人(さつまママ)を迎え入れ、さつま芋という新たな作物に執心し、国を近代化へと導く大きな役割を担う事になった。

 この、さつま王による改革は、当然、幕府の知るところとなり、幕府は、さつま芋の栽培を制限すべく、薩摩に役人を増派した。幕府とさつまは、その間、激しい対立を繰り広げ、戦争直前にまで至るのであるが、その中で、戦争回避のため、折衷案として生まれたのが「さつま特区」である。

 そこでは幕府の監視の下、収穫量の50%を幕府に納めるという条件において、その芋の栽培が認められるという理不尽がまかり通っていた。これでは、実質的に、さつまが、幕府の為に新作物の栽培を研究しているようなものだ。さつまにとっては大変、不利な条約だったと言えるだろう。しかし、王はそれを受け入れた。

 これに農民たちは、大変な反発を覚える。何故なら、その芋の収穫が大半、幕府に穫られる理不尽さもさる事ながら、その年貢の多さにより、さつま特区で不当に利益を得ていた幕府の小役人たちが、その権力を散らつかせ、町に繰り出し、酒を飲み歩き、さらには村の作物や若い女どもにまでちょっかいを出すという事態に陥っていたからである。


 こうした事から国の中心を担ってきた稲作農家たちにとって、さつま芋の栽培は凶事でしかなく、その栽培の普及には、皆が懐疑の念を持っていた。


 そしてまた、さつま人でなく、ポルトガル人の妻をめとった王の行動も村人の不信感を増大させる一因として機能したのだ。こうして、国における、さつま王の求心力は一気に低下し、今や、さつまの国は荒れに荒れている状態になってしまっていた。俗に言う「さつま王の大失政」である。

 しかし、無論、これは、王の失政などではない。そうまでして、さつま王がさつま芋にこだわっているのは「さつま芋」という荒れ地でも栽培しやすく栄養価の高いこの新しい作物が、戦乱の世の中で国の胃袋を満たすセーフティーネットとして機能する事になると考えていたからだ。

 つまり、さつま王は戦を予感していた。しかも、それは、さつまと幕府の戦ではない、さつまと他藩ですらない、もっとスケールの大きい日本と他国との戦を予感していた。そこまでのスケールを、さつま王は、この幕末に見てとっていた。

 これにより、さつま王は、戦のはじまる前から他国と駆け引きし、密にやりとりし、この日本においても他藩や幕府に先駆けて、いち早く輸入作物を栽培し、日本という国に大きな利をもたらす事を第一に考えていた。それ故、日本全土の国力まで想定して、幕府の横暴や人心の荒廃にも目をつむり、外の軍勢と戦うであろう準備を整えていたのだ。

 この情勢判断には、さつまという地が江戸から遠く離れ、異国の人間が多数、流入していた事とも密接に関係している。事実、その中で、王は、さつまママと出会い、恋に落ち、周囲の反対を振り切り、妻にめとるのだから、さつまにおける「異国」の大きさは計り知れない。

 さつま王子は、そのような状況下で生まれた子供である。日本とポルトガル、二つの血を引く者として、日本でも希有な存在として、国民の不審を一新に浴びながら王に至る道を歩まねばならない宿命にある。

 王子は、その責の大きさを思うと身がすくむようであったが、同時に面白いとも考えていた。王子は、自らの宿命を受け入れて、そのプレッシャーの中、12歳にして、国を変えていく決意をその身に引き入れた。これは、王の想像をも遙かに超える王子の才である。王子には、生来、逆境をたのしめる希有な性質が備わっていたのだ。

 その王子であるが、この件に関して、王のグローバルな政策の仕方を完璧に理解しつつも、しかし、そのやり方において、かなり懐疑的な面があるのは否めないと考えていた。そもそも、王とは、民に失政と思われてはダメなのだ。

 王子は、おそらく、これからの政治は、民の理解無しには成立することが無いだろうと考えている。民には、気持ちよく仕事の出来る人生を送らせること、それこそが全体の利得につながり、世界を調和する最もよい術だという考え方だ。

 であるなら、民は、余計な事を考えずに、民の仕事をするだけで人生が過ごせるのが一番良いわけであるから、王たるもの、その行動に利がある事は当然として、その利を民に信じ込ませられなければ、民は安心して、その生を全うする事は出来まい。つまり、王子は、民に自らの利を信じさせることこそが、成功への、全ての民の幸せへの鍵となるはずと考えていたのだ。

 このように、王子は、12歳にして、早くも王になる事を現実のものといった素振りで具体的に頭の中で描いていた。しかも、それは、実の父である王を失墜させてまで、自分の意のままに国を操りたいという強烈な欲望を伴う野心であった。王子のバカなフリは、その野心をひた隠すにも大いに役に立つ態度であったとも言えるだろう。


 王子は、その「子供」という特権的なカードを無邪気に使いあげ、現在の国を自らの手で荒れに荒れさせ、その反感を自らに命を下した王にも分配する事で、民による王への反感を高め、いずれ自らの手で王を引きずりおろす基礎としようと心の中で画策していた。そして、その上で、自らが民にとって都合の良い政策を遂行すれば、人心も自らに集まり、自らの才によって、よりよき世界が作れるであろうと根拠無き自信に浸っていた。


 しかし、これは流石に、王子の幼さ故の思い違いであると言うべきであり、「彼ら」や、また更に現れる別の「彼ら」を視野に入れていない「狭い」考え方であったと言えよう。しかも、このような野心は、王には、すっかりお見通しでもあった。王は、こうした野心を推進力として、王子がさつま畑を拡大すれば、それはそれで王の目的は果たされると考えていたのだ。その意味において、王は、流石に王子より、一枚も二枚も上手だ。そこは、やはり、王は王。先代を引きずり降ろし、十数年の歳月をかけて、新たな国を作り上げてきた手腕は伊達ではないのだ。


 しかし、王に誤算があったとすれば、王子の目の前でさつま芋が爆発してしまった事にあるだろう。この1発の爆発が、王子とさつまの国の状況を大きく変えるのだから、歴史というのは面白い。そしてまた、その爆発を引き起こした張本人がいぶし銀次郎であった事も王の誤算の一つに数えられる出来事であり、銀次郎と王子との出会いがここで起こったということがまた、この爆発がいかに歴史的必然だったかを感じさせる出来事であった・・・・・


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さつま王子 第1話  「辺境の村」その2 15:54


 「芋、食べちゃえばいいじゃん」


 その瞬間、話は一気に戻った。左吉は、鉄鋼(有)が創り出した、その濃密な空気がいっぺんに解放するのを感じた。そこに左吉は、王子のすごみを見て取る。この王子、本格的にバカだ。しかし、バカだからこそ出来る事がある。支配できる空気がある。左吉は、そう確信していた。この王子は、その子供であるが故のピュアな推進力と自身が王子であるというその特権的な立場を無意識的に使って、さつまの拡大に貢献をしているのだ。12歳の子供が、そういう事をやってのけているのだ。つくづく、政治というのは「結果」なのだと左吉には思えてならない。12歳で結果を出していく王子への驚きが止まらない。その驚きを増幅させるべく繰り出される王子のストレートな言葉の数々。王子は言葉に愛されている。それが故に、人を動かす。人の上に立つものの本能的な性。それが左吉には愛しい。この時また、左吉は、自身の立場をわきまえ、王子に一生ついていく事を固く心に誓うのであった。

 「結果として」、王子の一言は、いぶし鉄鋼(有)の命を救った。左吉は、王子の手前、鉄鋼(有)を、芋を食わせる前に斬るわけにもいかなくなった。それに左吉は、ホッと安堵した。王子は、図らずも有能な一人の国民の命を救ったのだ。そういう「結果」を生み出したのだ。その結果を生み出す無垢な言葉を発する本能。左吉は、自身がそれなりに有能でもある為、自身が王になる夢を持たぬでもなかったが、本物の王になるべき人物の前では、ただただ国を想い、お目付け役に徹するのが分相応だと感じていた。それほどに左吉は王子の未来に賭けていた。この王子は的確に仕事をしてみせている。そして、今回もまた仕事をし、有能な男を一人、この国の為に働かせる方向へと導く事になるだろう。

 無論、この事は、聡明なる、いぶし鉄鋼(有)も同様に感じていた。目の前にいる王子は、丁度、自分の次男坊と同じ頃にも関わらず、その歳の人間が政治をやってのけている事への驚き。おそらく、この王子は意図して自分を救ったのだ。左吉と違い、鉄鋼(有)はそうも考えていた。そこから鉄鋼(有)は目の前の事態を打開する方策を探る。この場面に的確に対処しようと頭を巡らしだす。この王子となら、もしかしたら、交渉になるやもしれない。鉄鋼(有)は、瞬時にさつま芋という新たな存在に頭をめぐらせると同時に長年培ってきた自らの農地をいかに荒らさずに新しい作物と共存させるか?その事だけに考えを集中しだした。瞬間、新たな道を思案しはじめる。

 ところがである。鉄鋼(有)のその想いは、驚くべき、本当に驚くべき言葉によって、一瞬にして瓦解するのであった。


 「芋、まっじーじゃん。うえ〜。」


 そこには、一口かじられたさつま芋を手に持つ、いかにも悪ガキそうな少年の姿があった。いぶし鉄鋼(有)は、その姿を見た時、その冷静さを失い、かつてない程、狼狽し、頭が混乱する。



 いぶし銀次郎。


 王子の駕籠から芋をすり抜き、その芋を食ってみせたその少年の名は、いぶし銀次郎。いぶし鉄鋼(有)の次男坊、いぶし銀次郎、その人であった。

 鉄鋼(有)は戦慄する。何故、ここに息子が来てしまったか。何故、そのように無垢な侮蔑の言葉を吐いてしまったか。我ら、親子ともども、これでは打ち首は免れまい。延命の機会が自分の息子によって打ち破られる無念と怒りを感じながら、同時に静かに鉄鋼(有)は自分の心を落ち着かせ、息子だけでも救う手だてを思案しはじめた。

 左吉もまた無念を思う。これは斬らざるを得ない状況だ。おそらく彼らは親子なのだろう。あんな優秀な親から、このような子が産まれる無念。左吉は、王子の顔を一瞬ちらりと伺い、王子の顔が自分を止めるものでもないのを確認したのち、親子の顔を直視せぬように目を伏し、腰の業物に手をかけ、目の前の親子を瞬時に切り倒そうと体を動かしはじめた。


 ・・・・・・・


 さつま王子といぶし銀次郎。共に12歳のこの少年二人は、この時、はじめて出会い、やがて、大きな仕事を為していく事になる。この二人が出会った事によって、歴史は新たな1ページを生み出し、日本は大きく流転する。それは本当に激動の、誰にも思いもよらぬ新たな1ページのはじまりであった・・・・・・


・・・・・・・・


 そのはじまりが、自らの剣によって断たれていたら・・・。のちの左吉は、そう回顧し、恐ろしくなる事がある。この時、左吉は、本気で剣を抜き、親子の首に手をかけようとしていた。しかし、それは思いもよらぬ事態によって回避されたのだから歴史というのは面白い。その思いもかけぬよらぬ事態とは何か。


どーーーーーーーーーーーーん!!!


さつま芋の爆発。


 なんと、さつま芋が爆発するという思わぬ事態がこの時、起こったのだ。


 その時、確かにさつま芋は爆発した。それは思いもよらぬ程の大爆発であった。銀次郎は、左吉がこちらに剣を向けるのを見て、手に持つ芋をとっさに上に放り投げた。瞬間、そのさつま芋が轟音を立てて、爆発した。これには誰もが驚いた。投げた銀次郎も驚いた。親の鉄鋼(有)も驚いた。さつま王子だって驚いた。当然、左吉も驚いて、その鞘から水平に抜き出された一撃必殺の剣が普段と違う軌道を辿りだし、まるで見当違いの方向に空を切る始末であった。しかも、勢い余った左吉は、そのまま剣の勢いで倒れ込む始末であった。

 この時、左吉は、その切っ先を再び親子に向ける事を忘れ、転倒による痛みも忘れ、ただただ、その事態に重大な事実を思い知らされ背筋に汗をかくのであった。そうか。我々は、彼らは、王は、そんな事をしようとしていたのか。そんな、激動の時代を自ら引き受けるような、そんな事を・・・・・・なんと・・・・・


 その轟音は戦乱の世の幕開けにふさわしい打ち上げ花火であったと言えるかもしれない。いつも、人の世は、事態を予測するのは不可能なものであり、人を面白おかしく、あらぬ方向に連れていってしまうものなのだろう。

 こうして、さつまの命運は一発のさつま芋によって大きく変わろうとしていた。



 傍ら、さつま王子は、たのしそうにニヤニヤ笑っていた。爆発の時さえ、驚きの表情を見せていたが、やがて、その表情もゆるみだし、笑みがどんどんどんどん増殖していった。爆発がたのしくてしょーがないといった風情だ。そんなさつま王子に眼光鋭くガンをつける、いぶし銀次郎。そのいぶし銀次郎を救い出すべく、冷静に事に対処する、いぶし鉄鋼(有)。いぶし鉄鋼(有)は、ここにおいて、ただ一人冷静だった。その意味で鉄鋼(有)は。この時、左吉を遙かに越えていた。いぶし鉄鋼(有)は、轟音とともにすぐさま走りだした。走って、銀次郎を抱え、そのまま一目散に逃亡した。鉄鋼(有)は、このまま村から逃亡をはかるべく、妻の鈴がどこにいるのか?を気にかけ、辺りを見渡した。一家ともども、どこかに逃げ仰す算段をつけはじめた。追う左吉。「植えればいいのに」とつぶやくさつま王子。さつま王子は、この地にさつま芋を植えるのを鉄鋼(有)に任せたいのは山々だったが、逃げてしまっては仕方ない。その逃げた鉄鋼(有)を王子は追わず、やおら、駕籠のさつま芋を取り出しはじめ、一人、稲をひっこぬき、代わりにさつま芋を植えていくのであった。


 こうして、さつまはまた稲作農地をさつま芋畑に転換する事に成功する。左吉と離れてしまったさつま王子は、続けざまに援軍を求む狼煙を挙げて、この地にさつま芋畑を作るプロたちを直ちに集合させはじめるのであった。


 第2話へつづく

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さつま王子 第一話「辺境の村」その1 19:57

 時は幕末。さつまの国。


 多少ひねくれた一人の少年が壮大な物語の幕を開ける。その名も「さつま王子」。さつまの国の王子様。この時、彼はまだ12歳。王である父の仕事に純粋に憧れ、その仕事を引き継ぐことを運命づけられた彼は、皮肉にも「その仕事ぶり」故に、時代の激動の渦へと巻き込まれていく事になる。これは、そんな激動の時代の物語である。

さつま王子
 
タイトル「さつま王子(仮)」




第一話:辺境の村




 「芋、植えちゃえばいいじゃん」


 少年・さつま王子は気軽にそう言い放ったのだが、しかし、それは米を作る一介の小作人にとっては、恐るべき一言であり、また身にかかった不幸・厄介事の一つでしかなかった。オマエになんかそんなこと言われたくねえよ!というのが大方の小作人たちの本音であろう。しかし、言われてしまったからには仕方ない。仮にも、相手は一国の王子であり、王子の一言は絶大であり、一介の小作人の意見で何か物事が覆るものでも無いのだ。しかし、そんな事は重々承知の上で、一介の小作人である、いぶし鉄鋼(有)は、あえて一言、王子のその言葉に反論を添えたのである。


「へえ。そうは言っても、王子様。あっしら、米作るしか脳がねえもんで、芋と言われましても、そんなもんは見た事もなければ食うた事もない。まして、そげなもんを植えろと申されても作れるかどうかもわからない。ここは一つ、米の収穫期ももうじきでございますし。米さ収穫してから、また改めて来て頂くという事でお願いできんでしょうか。このへん一体は、まだ幕府のお役人様も目を光らせているところでして・・・」


 なるほど。うまい言い回しだ。と、王子の側近である船渡しの左吉は唸った。当時、さつま芋は、高価な食べ物であり、日本では、さつまの国のみで栽培されている輸入食物であり、そのようなものは庶民の口に到底入るものではない。まして、さつま芋は、幕府規制から、本来、さつま特区のみに栽培が許されている品である。この栽培を幕府の報復も恐れず、特区外にまで拡大しているのが、さつま王であるにしても、王族に生まれただけで何の権限もない、たかだか12歳の王子が、本来、軽々しく口に出来るものでもないのだ。その事を男は重々承知しており、その上でそれを的確についてきた。これに左吉は、ひとまず唸るのであった。

 しかし、左吉は同時に知ってもいた。そんな反論には何の意味もない事を。王子は、まだ12歳であり、「政治」が通用するはずもない。まして、「理路整然」がまかり通る相手でもない。つまり、この男・いぶし鉄鋼(有)は間違いなく、先の言葉を王子ではなく、理路整然を理解できる人間、つまり、大人たる自分に向けて発しているのだ。暗に自分に促しているのだ。左吉は、それを感じた時、心底、唸った。この男は「交渉」をしている。「政治」をしている。政治を試みる小作人などというものが、この世にいるものかと。


 通常、王子が小作人にこのような事を言った時、彼らは狼狽し、冷や汗をかき、そして、落ち着いたのち、諦め、中には、子供の言ってる事だと一笑にふそうとするのが落ちであった。もちろん、これは王に付託された事業であるから、子供の言う事といえども、王子は王子。反論が許されるはずもない。左吉は、そんな態度の小作人たちを何人も斬ってきた。交渉は、先制が重要であり、恐怖で村人たちを征服するのが簡単だ。小作人たちの反論は、我々に斬る口実を与え、統治にとっては都合のいい態度とも言える。その為、反論を起こしやすい、言った事を子供の戯言に限りなく感じさせるバカな王子の身なり、喋り方は、この、さつま普及プロジェクトに関して使用しやすいのだ。それ故、王は、まだ若い12歳の少年にこの任を仮託しているのだろう。

 しかしながら、この男、このさつま鉄鋼(有)は、その王子の容貌、口ぶりに全く反応せずに、冷静で的確に反論して見せたのだから驚く。いや、反論だけではない、まず反論し、同時に「諦めて」みせたのだから、心底、左吉は感嘆する。

 この男は、自分の「死」の意味を知っているのだろう。

 口では、幕府の存在をちらつかせながら、しかし、同時に、この男は、その圧力にほとんど期待できない事を知っているはずだ。それでは交渉にならない事をよく知っている。だから、その圧力は、あわよくば通ればいい、という程度の補足として言うにとどめておき、様子を伺っている。この男は、おそらく、この王子のわがままには、幕府以上の背景があり、このわがままは誰がどう言おうとまかり通ってしまう類のものなのだと察知しているのだろう。それを、その口ぶりに表しているのだ。これには左吉も唸った。まさか、この男、一瞬で我々の背後にある「ある強大な事実」を察知したと言うのか?左吉は、幕府の力のちらつかせなどではなく、その事に戦慄を覚えていた。もし、この男が「我々の背景」にまで気づいているのだとしたら、我々は、自分は、どうすべきだというのか。斬るべきか?しかし、こういう有能な男こそ国の宝ではないのか?「彼ら」に対峙する戦力の一人になるのではないか?今は一人でも多く、さつまの戦力を失ってはならぬ時期。

 左吉の頭は、思わぬ事態に混乱して、一瞬、何も判断を下す事が出来ずに止まってしまっていた。いや、それは左吉の思い過ごしであると言うべきだろう。一介の小作人が「彼ら」の存在をどうやって知る事が出来るというのか。知れるわけがない。知れるわけがないのだ。しかし・・・・・

 いずれにしても、この男は、簡潔に「言うべきこと」を述べ、さっさと事を終わらそうとしている。その諦めの良い口ぶりから斬られる覚悟があっての物言いであろう。つまり、自分の「死」を覚悟し、それを村人に捧げようとしているのだ。この男は、自分が斬られる事により、他の村人たちに、次の仕事、さつま芋の栽培に対してスムーズに移行するよう暗に促している。王子の言うことに反抗の態度を示せば、斬られるという事を身を持って示そうとしている。この男、一介の小作のようでいて、なかなか出来るな。と左吉は感じていた。そして、事実、この男・いぶし鉄鋼(有)は、のちに時代の中で大きな役割を果たすのだから、この左吉という男の洞察もなかなかのものだと言えるだろう。しかし、そんな出来る大人たちの無言のやりとりを尻目に、無知で幼稚なさつま王子は、端的に、こう、いぶし鉄鋼(有)に野賜ったのであった。


 「芋、食べちゃえばいいじゃん」


 つづき
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